【第四章:静かな崩壊──軍団長の心が折れていく音】(第十七話)誰にも気づかれなかった達成──年間1000万を越えた日の、静かな虚無

物語

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2023年の夏。
長かったようで、どこか淡々と過ぎていった半年間の稼働が終わろうとしていました。

6月も勝ち、7月も勝ち、そして8月。
収支表を開いた瞬間、数字が静かに揃っているのを見て──
僕は、ふっと息をのみました。

「……あ、越えたんだ」

5年近く追いかけ続けた “年間1000万のライン”。
21年、22年とあと一歩届かなかったその数字を、8月の時点で越えてしまった。

誤解しないでほしいのですが、嬉しくなかったわけじゃありません。
胸の奥に、じんわり温かいものは確かにありました。

でもそれは、花火のような派手さではなくて。
夜明け前の空みたいに、音もなく淡いものでした。

■ 誰にも話さない達成

その時、真っ先に気づいたのは──
この数字を知っているのは自分だけだという事実でした。

パチンコ専業の収支なんて、いくらでも捏造できます。
どれだけ勝っているかなんて、本人以外は誰も確かめようがない。

だから誰かに言うつもりもなかったし、
そもそも信じてもらえるとも思っていませんでした。

だけど、それでも。

長く追いかけてきた数字を越えた瞬間に、
何も起きないというのは、
想像以上に静かで……
ほんの少しだけ、胸の奥がスッと冷えたんです。

「達成って、こんな感じなんだな」

そんな言葉だけが、心の中にぽつんと浮かんでいました。

■ 日常は淡々と進み、達成感より“静けさ”が残った

家に帰ってシャワーを浴びたあと、
いつものように冷蔵庫から缶ビールを取り出しました。

プシュッ、と静かな音。
その音だけが、今日一日の区切りみたいに響きました。

ソファに腰を下ろし、
スマホを開いて収支表をもう一度スクロールします。

「……越えたんだよな、本当に」

その数字を見つめても、
胸が高鳴ることはなくて。
嬉しさよりも、
どこかゆっくり沈んでいくような静けさが勝っていました。

お酒が喉を通る感覚だけが、
今日の自分を確かめてくれるみたいでした。

しばらくぼんやり画面を眺めたあと、
ゆっくりスマホを伏せてつぶやきます。

「……よし、明日の動きを考えよう」

達成の余韻より、
次の“義務”が自然と頭に浮かぶ。
まるで感情の回路が、
完全に仕事用のスイッチに変わってしまったみたいでした。

■ じわりと心を削ったのは、この“無音の達成”だったのかもしれない

2022年12月から続いていた連続ミリオン。
どれだけ勝っても、どれだけ収支が伸びても──
僕の心は少しずつ、静かにすり減っていった。

後から振り返って思うのですが、
おそらくこの日の“静けさ”こそが、僕の心が折れ始めた最初の音でした。

大きく勝つほど、空虚が広がる。
数字が伸びるほど、感情が薄くなる。

そんな矛盾に気づいた瞬間でもありました。

■ それでも翌日、僕はいつものようにホールへ向かった

感情が動かないのは自分でも分かっていました。
達成の余韻よりも、“任務” のような気持ちが強かった。

「義務になっている」
そんな言葉を頭に浮かべながらも、
体は自然と次の期待値に向かって動いてしまう。

ここから、僕の心はさらに静かに摩耗していきます。

次回──
“燃え尽きの加速” を決定づけた、ある朝の出来事 へ続きます。

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